日本発達障害学会理事長就任のご挨拶
次の一歩へ
宮本 信也
この度、日本発達障害学会理事長に選任されました宮本信也です。日本発達障害学会は、発達障害に係るさまざまな分野の人たちや組織の集まりです。発達障害に関する研究の発展と課題の解決を主な目的としています。日本発達障害学会は、1966年に設立された日本精神薄弱研究協会を母体としており、発達障害に取り組む学会としては最も歴史のある学会の一つです。発達障害を主な対象としている学会はわが国にも複数ありますが、日本発達障害学会のこうした伝統を踏まえ、本学会の発展とわが国の発達障害研究の促進のために微力を尽くしていきたいと考えております。
現在のわが国では、発達障害、特に知能障害を伴わない発達障害が、広く社会の関心を集め、子どもに限らず大人でも問題にされるようになってきています。知能障害のない発達障害への関心がわが国で高まりだしたのは、1980年代後半からです。知能に問題がないにも関わらず読み書きや算数ができない子どもたちを、LD(学習障害)の概念で捉えられる考え方が注目されたことが契機となったように思われます。当時のわが国では、LD概念が整理されておらず、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)など、知能障害のない発達障害全部をLDの用語で括ってしまうような混乱が一時期ありました。DSM-IIIR(1987)やICD-10(1992)で発達障害の分類と診断基準が定められたことや、LDの操作的定義が文部省(今の文部科学省)の協力者会議から出されたこと(1995)などもあり、1990年代後半からLDを巡る混乱は落ち着き、2000年代以降、次第に今の状況に至ったと考えています。
一方、今一度振り返ってみますと、自閉症がわが国の医療分野で注目され盛んに議論されたのは1960年代後半からでした。自閉症の背景が脳機能障害であることが判明した後、自閉症に対する医療の関心は一時期低下し、福祉・教育中心の対象となりますが、知能障害のないASDの方が多く、そうした人たちが多様な心の問題を生じることが少なくないことが分かってきた今、ASD(自閉症)は、再び医療の大きな関心を集め、療育・教育だけではなく心の健康を支えることの重要性が指摘されるようになってきています。
新知見の積み重ねやそれまでと異なる視点が紹介されることで、発達障害に対する見方ひいては支援のあり方も変遷してきているように思われます。知的障害が単なる知能指数(IQ)のレベルの問題でないことは、概念としてはよく知られていますが、知的障害への対応の実情は異なるように思います。知能障害のない状態から知的障害までは、単なるIQのグラディエーション(高低の段階)ではないはずです。日本発達障害学会も、原点である知的障害について、「境界知能」も含めて見つめ直し、IQにとらわれないある意味古くて新しい考え方を発展させ広める道に歩み出す必要があるのかもしれません。
日本発達障害学会は、立ち止まることなく、次への一歩を踏み出す決意を新たにしたいと思います。どうぞ、今後ともみなさまのご指導、ご支援のほどをよろしくお願いいたします。